はるかな個人/乾 加津也
しが慎重な頬で恋人と語り合っているあいだに
わたしによく似た人たちがわたしに向かって嘆く
“存在(われわれ)は緻密な螺子で留められた黒い巣箱のようだ”
理由のない衝撃がわたしを摩耗した風景に陥れるのは
そのいびつな洞窟のような
じかん
向こう岸へ渡るわたしはあなたの瞳で難破する
振り子の真似のあなたがわたしの肋骨に下がったまま震えている
――だが、わたしは風景の風景たらしめる骨格なのだ
わたしたちはお互いの入り口を間違えてばかりいるのか
“わたしたち”は“わたし”より偉大か?
わたしの前面にはたしかな一人の“声”があるばかり
“また、歩きださなければならない”
わたしがわたし自身であることの一欠片の証しもないまま
(わたしがわたしの名をもつわたしとかつて一度も巡り遭ったことのないまま)
わたしは依然わたしの風景だけを構築することだろう
声の外で
永く立ち止まることはできない
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