狼たち/千波 一也
 


三日月の
燃えるような匂いが、
遠吠えの森を
濡らし始めると
いまだ熟さぬ果実のような
青い吐息は呼応して
疾走の支度を始める
あてもなく
ただ、
匂いだけを頼りに
荒削りの爪を
三日月へ
重ねる

鏡に映るつめたさは
牙ではなくて、
牙を照らす
あの
月明かり
傾くたびに
増してしまう鋭さは
牙ではなくて、
牙を暴く
あの
月明かり

なだらかな
平野に横たわるのは
拒絶の対象を忘れた、難破船
それはあまりに優しい
拒絶の眼だから
草むらの群生たちは
物音を立てず
風だけをまとって
海を学んでいる
遠く、
浅く、

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