Tシャツのこと/村田 活彦
 
シャツはねがう
詩が沈黙にあこがれるように


6.
午前5時、ブルックリンの操車場で
少年はだぶだぶのTシャツを着てさけぶ
「ジーザスもビーナスもTシャツで踊りだす こいつがおれのフリージャズ」
給水塔から鳩たちが一斉に舞い上がる

午後8時、東西線の中で
少女はラグラン袖を着ておしゃべりをしている
黒地にピンクのバックプリントは
「Good Girls Go To Heaven,Bad Girls Go To Italy」と読める
飯田橋駅で少女は電車を降りる

その小さな島はちょうど真昼
人の気配はない
砂浜にロープが張られ
たくさんのTシャツがはためいている
にぎやかな万国旗のようにも見えるし
賽の河原の風ぐるまのようにも見える


7.
きみはTシャツを着ている
Tシャツをパジャマにして眠っている
Tシャツの下に素肌がある
素肌とTシャツのあいだには何もない

ぼくはTシャツを着る
頭からかぶったうす暗い穴を抜けて
この世界におそるおそる顔を出す


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