Tシャツのこと/村田 活彦
のひとの匂いがした
ガラス戸越しにTシャツがゆれていた
ぼくの知らない誰かのTシャツ
あのひとはぼくの頭をくしゃくしゃなでて
カーテンを引き写真をふせ目を閉じた
いまは着るひとのないTシャツが
衣装ケースの奥に眠っている
大掃除のボロ布にするはずだったのに
ハサミを入れないままたたんである
ぼくはTシャツに着がえる
頭からかぶったうす暗い穴から
洗剤の香りのこの世界をうかがっている
4.
ジャングルで兵士はひとり息を殺していた
敵の靴音がそこまで迫っていた
Tシャツを脱いで木の枝に結んで白旗を作り
羊歯の茂みから一歩踏み出した
ふるさとの綿畑で
[次のページ]
戻る 編 削 Point(3)