メアリーからの手紙/村田 活彦
ぎ話 けれどいつかあり得る話
この窓が割れたまま捨てられてしまっても
10万年かけて続く言葉があるでしょうか
10万年かけて続く物語があるでしょうか
わからないのは時間じゃない
わからないのは人間
親愛なる子どもたち
カレンダーは何度目の夏をめくったでしょう
私はすっかり年老いてたくさんのことをもはや忘れてしまいました
襟元に置かれた優しい指やテーブルを囲んだ笑い声
けれど太陽に祝福された湖の輝きだけは
今も思い出せるのです 勇気づけられるのです
私は書き続けます
夜のかげりに目を凝らしながら
便せんがなくなれば机や壁に
それでも足りず岩肌や水に
親愛なる子どもたち
あなたの世界に禁止区域はあるでしょうか
あなたの世界に言い伝えはあるでしょうか
信じれば夢はかなうと人のいう
けれどその夢は本当に望んだものですか
親愛なる子どもたち
見えないものこそ畏れなさい
この言葉がかすれて風の調べになるとしても
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