さくら色の息吹/夏美かをる
 
くら貝の飾りのついたピンをそっとつけてくれた
黒の毛止め以外は校則違反だったので
すぐに外してしまったけれど、
握り締めていた手の中で
それはいつまでも温かかった

あれから私は再度引き移り
懐かしい消印が押された風の便りでさえ
届くことがないこの地で
更に幾つのも春を見送ってきた
海の向こうに置き去りにしてきたものの
刹那に胸が疼く感謝祭の前日
ふと鏡台から色あせたピンを取り出し
あの時と同じように握りしめてみれば
やはりそれは ほのかに温かい
三十五年前のあなたと私の
不器用で真剣な早春が
今もそこで息づいているかのように―

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