「かわり」/宇野康平
 
人のいない町で、ひとりでに動く荷車の車輪の音だけが
響いている。電柱に梯子が途中まで掛かり、不思議と笑
いを誘う。眼鏡越しに見る空はどんよりと灰色で覆われ
ていて、打ち合わせたかのように雨が降り始めようとし
ている。この街には灰色が似合う。潮風で錆びたガード
レールから港を見る。

港に打ち上げられた残骸は綺麗に掃除されてなくなり、
埃まみれの古い国産車一台だけが港を向いて放置されて
いる。ナンバーは地元のものではない。視線の横にカー
テンが揺れるのが見えたような気がした。ふいに、好き
だった女のワンピースが揺れる様を思い出した。あの花
柄の花の名は知らない。

夜、懐
[次のページ]
戻る   Point(1)