沈没/月形半分子
男の声が壁を這うように響いた。外の眩しい光も、入口あたりを照らすだけで、この波打ち際までは届かない。壊れた蛍光灯のかけらが時折、耐え切れずに天井から海へと落ちていく。
「大切な話って何」
私の声はどこを這っていくのだろう。声が海に吸い取られようで、話すのも黙るのも苦しかった。この海はいったいどこから来たのだろう。太平洋は今やもっとも危険な陸路だ。ここに寄る波は地底を這いまわり、風も知らずに私に寄せてくるのだろうか。そして私たちには、しなくてはいけない話しがあると男はいった。
「大切な話しって」
もう一度問いかける私の背中より遠くから、いきなり数十人の悲鳴が聞こえてきた。連続した鋭い発砲音が響き地下が揺れはじめると、私たちは沈没船から逃げ出すネズミのように走り出したのだった。
私たちは無事逃げられたのだろうか。不思議な夢からさめてさえ、私は男の言いたかったことが気になっていた。
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