水蜜桃/伊織
 

 ひとつひとつ
 拾い上げては撫でる



あの日々も
そうでしたか?



−−残りひとつだから、持っておきなさい
給湯室
ふんわりと押しつけた
瑞々しい果実
反対側の手であなたは
私の手を抱き締めたのです
それから

去っていった



風の便りに聞きました
余命少ない母君の
そばに寄り添っていることを



今は一人娘を抱えて
何とか生きているこの身にも
頼りにしてくれる人ができました
不完全な母親が母のふり
笑い話にしてはくれませんか



遠い日
ぼんやりと空いていた両手には
意味があるのだと知りました
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