八月六日の影/イナエ
秋の中国地方を巡るツアーバスが
平和公園に着いたとき 記念館から
修学旅行生の一団が出てきた
入れ替わりにはいった私たちが
今日最後の客になった
平和記念館を出ると
秋の陽はすでに落ちて
夜がビルの谷間を埋め始めていた
昼間の光が消えると
人間の陰も消える
石に刻まれた影から聞こえた
無言の嗚咽を引きずって
人は自分の陰を取られないように
集合場所の街路灯に急ぐ
陰が人間とともに在ったとき
白く明けた広場に閃光が走り
実在する肉体は蒸発して
永遠に陰のまま存在する悲しみ
に揺さぶられた心が
谷間に漂う過去に溶けた悲鳴を
捕らえた
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