走る/りっと(里都 潤弥)
 
眠れないと
眼の下にくまができる

眠れないと
体温が下がる

眠れないと
人を抱きしめにいく

その人の名前は
わからない

だから眠れない日は
電車に乗ってはいけない

電車に乗った瞬間
黒々とした顔の僕が

隣のピンクの服の
女の子を抱きしめる

女の子の名前は
きっとわからない

抱きしめた肌の寒さに
電車は反応をして

僕の黒々とした顔を
トンネルとまちがえる

僕の中に飛び込んだ電車は
どこにもたどりつかない

君の家にも
もちろんたどりつかない

僕の眼のくまを笑うのは
君だけだ

だから
眠れない日は走る

君のいるところまで
走る

左右斜め前
靴の底

僕がぬくぬくと生きていくために
役所からもらった書類の裏側

君に似たマフラーが
ぶらさがっているところはすべて

固有名詞を叫んで
走る

眠りたくても
走る

君の名前はわからない
走る
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