バッテラ譚/平瀬たかのり
 
 ぼくはカウンターに肘をついて給料日
 それこそは至福のときだ
 さっきからボックス席の爺婆父母長男次男長女が
 やかましく
 カンパチヒラメ鳥貝シマアジウニ軍艦
 赤だし鶏カラ揚げエビチリミニうどんプリン
 なんぞをそれはやかましく
 注文しているが気にはならない
 あくまでつつましやかに
 おまえがやって来ているからだ
 明治二十六年、大阪順慶町の鮨屋が
 コノシロを乗せたおまえのご先祖に
 ポルトガル語の名を付けたという
 まったく鮨屋の大将こそ詩人だったよ
 なんて思いながら
 手酌の瓶ビールそれもサッポロ黒ラベルをば
 月に一度のご贅沢ぬっふふふ んふふんふん
 おまえはしずしず進んで来る
 爺婆父母長男次男長女は目もくれないしそれでいい
 あらま気づかなかった目の前にビンチョウマグロ
 大トロ中トロ赤身何するものぞおまえこそ
 では本日まずはっと手を伸ばしたら
 二艘の小舟にひとりずつ乗った天女さま
 白板昆布のシースルーでこっち見てぷんすかぷんすか
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