pteron/紅月
 
いる。獣たちは息を潜めている。土はぬかるんでいく。雨、雨
が降っている。殴り付けるような強い雨だ。濡れて凍えた肌が刺す
ように痛む。永い未明。姉は死んだ。わたしが殺した。これも比喩
ではない。なにひとつ比喩ではない。わたしたちの言葉は容器とし
て存在することができない、それは大昔からの約束なんだよ、と死
んだ姉は言うだろう、他ならぬ姉の語彙で、わたしの語彙で、決し
て失われることのない、恒久の、雨、は、語り尽くされ、まもなく
止むだろう、そして、雨がやんだら、森のあちこちに、輪郭を手放
した幽霊たちが立っているから、彼らを摘みに行こう、わたしたち
の語彙で、森は留まることがないから、語彙が語彙に変わってしま
わないように、いま、ここで、かつて、いまだ、と、花々がきのう
咲きそびれてしまうまえに、それから、そこに立っているのが姉で
あっても、わたしであっても、決して歌ってはならないよ、摘み続
けなければならないよ、それが約束なんだよ、と、ふたたびわたし
がくちばしるまえに、


 
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