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 歯の抜けた老婆が電車の中でなにか言った。わからなかった。雨が降っていた。合成革のシートから、湿気が尻にズボンを張り付かせた。切符の行き先を覚えていなかったので、取り出そうとしたらどこにもなかった。見ると扉の外に張り付いていた。行き先は車庫だった。

 ずっと昔になくなってしまった埋立地の前に佇んでいる。生家の記憶は足の下で眠っているだろう。子供の頃使っていた三輪車の記憶も、ブランコの記憶も、同じように眠っているはずだ。液状化が進んで、最終的に土地を少しずつずらして海に沈めていくと、浅瀬の幅はやけに増えて、潮が満ちるたびにあやしくなり始めた。橋の下の鴇が煩さからだんだんと耐えかねて別の場所へ行
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