ハンカチ一枚/カンチェルスキス
 
いった。
 そうされることをずっと望んでいたみたいだった。
 自分の体を舐めだした。ときどき彼の顔を見上げた。
 彼が指を差し出すと母猫の乳を吸うみたいに
 吸いついてきた。


 しばらくそっとしておいた。
 雨はやみかけていた。
 肌寒い夜だった。
 会社帰りの自転車の男が何度か通り過ぎた。
 黒猫の体はまだ小刻みに震えていた。





 彼は立ち上がって、黒猫を植込みに戻した。
 タオル地の水色のハンカチを黒猫の足元に敷いてやった。
 黒猫はそこにちゃんとおさまった。
 何も言わず、前足をそろえて、彼を見上げる。
 彼は歩き去った。


 
 それが彼にできる精一杯のことだった。







戻る   Point(4)