光について/木屋 亞万
 


「船を漕ぐ時に必要なのは
オールではなくて水なのよ
本は夢への呼び水ね」

待つのが嫌で空いている
不味いお店を選んでは
隅っこの席に座って船を漕ぐ

私が向かいに座っていても
「暇な男ね」と言ったきり
何も話さない時もある

そんな時には彼女が撮った
百枚の写真を眺めては
好きな順に並べていく

淡い光に包まれた
彼女の写す風景は
油断している日常の横顔

「光はどこにでも蔓延っているけれど
わざわざ切り取って提示してあげても
気付こうとしない馬鹿ばかり」

「私は周囲を写すけれど誰も私を写さない
私もそれを望まない
遺影はあなたが描いた適当な似顔絵で良い」

どちらが先に死ぬかなんて
誰もわかりはしないから
私も光に遺影を頼んだ

週に一枚私を撮って
彼女は私に提示した
病める時も健やかなる時も
眠る横顔も泣いた赤い目も
すべて光が照らした私

始めて乳首を舐めた夜
チョコレートの匂いがして
雪のちらつく窓を横目に
始めて二人で写真をとった
彼女は顔を背けたけれど
光は私にさしていた

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