無音変奏曲/由比良 倖
いる。外で男の叫び声が聞こえたので、屋上に上がりたいと思う。屋上からは、戦場が一望できるだろう。マッチ箱の戦車は一撃で数百人を粉砕できるだろう。しかしこどもは動かないマッチ箱から目を背けられないでいる。そしてこどもには手がない。
くまはくまより強い人間には勝てない。くまより強い人間が、くまのいる森に入っていった。毎日多くのくまを素手で殴り倒し、ついにはその森にくまは一頭もいなくなってしまった。くまより強い人間は捕獲され、くまの脳みそと毛皮を移植された。森に放されたくまより強い人間は、その森で最後のくまとなり、そして誰も襲うことなく一生を終えた。
花なんていらないとあなたが言う。それよりもこれぐらいの大きさのものをちょうだい、と、あなたの描いた図形は、宇宙の始まりから始まって、宇宙の始まりで終わっていた。僕はドリルであなたのこころに穴を開け、そこに空間を吹き込んだ。あなたのこころは、こわばっていたので、僕は涙を買ってきて、あなたのこころを湿さなきゃならなかった。あなたは段々透きとおっていき、コーヒーが飲みたいと呟くと、僕が出ているあいだに、あなたは消えてしまった。
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