練乳/夏美かをる
 
愉快そうに父が笑った
つられて姉と弟も微笑んだ
缶の中の神聖な乳白色上に突如引かれた
真っ赤なラインの鮮明さに目を奪われ、
私はしばし強張ったままだったけれど…




「ねえ、知ってる?
コンデンスト・ミルクは日本語で?練乳?って言うんだよ」
「ふぅーん…日本にもあったんだね」
「そう、お母さんの子供の頃からあったんだよ…」




あの頃よくしたように
もったいぶってスプーンですくって一口ずつ啜ると
懐かしくて 優しくて ほんのり切ない甘さが 
ゆっくり ゆっくり
私を満たしていく




家族みんなで練乳を分け合う
ちゃぶ台の形をした幸せには
もう二度と寄り添えないけれど
こうして今 
「コンデンスト・ミルクっておいしいね」 と
私の前で笑顔を見せている娘達の頬には
薄紅色の幸せが確かに息づいている

その色の輝きを護るため
夫はひたすら働き 
私は練乳の缶を幾度も開け続ける
かつて 父と母が
小さな疑問すら感じることなく
ただ必死にそうしてくれていたように―


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