ピエタ/紅月
 
をお
ろしていた、その、ひとつの球体をわたしは魚類の存在するはずの
ない腕でかかげてみせる、もっと傲慢に記すならばわたしたち、わ
たし、たち、わたしが、わたしが物語をかたりはじめるたびにはじ
められたいくつかの記録的豪雨により浸水したこの街はあなたの御
名とおなじなまえでした、(なぜなら、あなたの、銀の婚約指輪に
その名が彫ってあったから、)しかしわたしは、わたしたちはもう
その単語を思い出せない、魚ですから、ほんとうは、廃鉱に埋もれ
た泥濘の魚ですから、そらをさす女神の、わずかに女神のかたちを
した器はもはや骨格によってのみ原型をたもっていた、その腕は軽
く、(銀の、約束をくぐる、瞼をおとして、)翡翠の水のなか、溢
れんばかりのながい白髪はいまだ重力のことわりを拒みつづける、
(灼かれたはずの父の名が眼前を泳ぎ去っていく、
ちち、ちちち、(雨、の韻、)ふるい鐘が鳴く、高く、)


(水底にも風はやまないって知ってる?)


灼かれている、
あけわたされたほむらの対岸、


今朝、死んだはずの母がふたたび死んだ
 
 

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