伊藤氏の幻想/mizunomadoka
ある町を歩いていたとき
黒いスーツがアスファルトに
うつぶせのまま倒れていた
暑い日だった
私はすこしためらってから話しかけた
「大丈夫ですか?」と紳士的に
だけど返事はなかった
私は跨ぐのも失礼なので
車がいないことを確かめてから
車道に出た
すれ違うとき気になって
ちらりと見ると
ガードレールの下で目が合った
奴もこっちを見ていたんだな
奴は慌てて目をそらし
「車道だぞ」と言った
「ははん、つまり、影ですか?」
私がしたり顔で言うと
「つまらん!」と一喝された
腹が立ってね
私は無言で通りすぎたよ
すると後ろから声がする
「来週まで」
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