こわれた護岸をなおしています/木屋 亞万
「こわれた護岸をなおしています」
私にはたしかにそう聞こえる。その男は画家だったので、「こわれたゴーガンをなおしています」だったのかもしれない。アトリエには花瓶にいけられたカサブランカがあった。「ひまわりではないのですね」と私がからかうと、「あれは夏の花ですから」とだけ答えた。その言葉を機に、伏せられていた彼の目はさらに私から遠ざけられた。互いに位置を動かないままではあったが、私と彼との距離はより遠くなった。
彼は耳に包帯を巻いていた。リンゴの皮を頭に巻いたように赤く染まった包帯だった。気が狂っていたのかもしれないし、誰かに襲われたのかもしれない。彼はとにかくひどく疲れているようだった。目の
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