孵卵/光井 新
 
のまま、どうしようもない自分のままでも、妻と二人で生きてさえいられればそれでいいと思えるようになった。過去に自分を走らせていてた青い焦燥はすっかり色褪せ、二人で過ごす時間の流れは早くなり、相対的に、人生をゆっくりと歩いている。
 どうやら、感情が動かなくなってしまったようなのだ。
「飛べないなんて誰も言っていないのに、みんなからそう言われているような気がしてしまって、私達は羽ばたかずにいられなかったのです。神よ、どうか、愚かなこの兄弟に翼をお与えください」などと昔演じた役の台詞が不意に口からこぼれても、心は立ち止まったまま沈黙を続ける。

 葉山での療養を始めてから、仲間とも会っていない
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