アワー・オフィス/リンネ
くるくると回転していて判読できない。しょうがないので、近くの社員にうちの社名を聞こうかと思うが、すぐにそんな馬鹿なまねできるはずがないと考えてやめた。名刺の文字はますます回転を速めて回っており、いつのまにか、その名刺を中心にわたしまで回転を始めていた。
くるくると回り続けていると、不思議なことに、なにやらとても愉快な気持ちになってきた。しばらくこのままでいることが、何かこの会社にとって必要不可欠なことなのではないかという予感がした。受話器の向こうでは何者かが未知の言語で流暢に何かを訴えかけ続けているが、もはやそれがこの会社にとって何の価値もない話であることは明白であった。
全社員がくるくると回転を続けている。もうまもなく定時を迎えるが、だれひとりとして帰宅の準備を始める社員はいない。それどころか、かれらは先ほどまでの笑顔を一変させて、今度は鋭く険しい表情でもって、いよいよ何かを始めようという気迫をうかがわせている。
壁にかかった大きな時計に、あらゆる社員の視線が集まった。
窓からは夕日が差し込んで、オフィスは金色に染まっている。
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