魚眼プール/魚屋スイソ
 
伏せられていた文庫本を拾い、立ち上がる。蛇口を閉めたときの、小動物の悲鳴に近い音がきこえる。彼女は床の青いタイルへ膝を突き、理科の教科書を浴槽へ沈めていた。シャワーヘッドで水をかき混ぜると、波打つ教科書のページから卵白のような精液がひろがって、毒にやられて死ぬ間際の、ダンスに似た伸縮を見せるようになる。コップの中身を放流する。無数の魚眼が旋転しながら、精液に絡みつかれて沈んでいく。嗚咽する彼女の後ろで、扇風機の駆動音と、蝉の声に紛れて、文庫本が床へ落ちた音がした。
戻る   Point(7)