眠ることで/岡部淳太郎
 
い部屋の隅から私の横たわる寝床に向かって、
――淳さん、
――淳さん、
と、妹が呼びかける声が聞こえてくるような気がする。
もはや手遅れのこの年老いた心は、それに応えることも
できず、ああ、またしてもこうして、時間と陸つづきに
なって、地から剥がれ落ちていくのだなと思うだけだ。
眠ることでなんとか赦されるように思えたのは、あれは
結局、私のなかの対岸がまだぼんやりと揺らめいていて、
それに近づく準備が整っていないことの、裏側からの証
しでしかなかったのだと思えてくる。ともかく、眠るこ
とでいくらかの疲労は消えるだろうと思って眠ろうとす
るのだが、いまの私にはそれさえも赦されていない。だ
がそれでもなお、不思議なことではあるが、夜は眠るこ
とをあきらめてからであっても、私にとって親しいのだ。



(二〇一一年二月)
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