笑ってよ/小林 柳
じゃあ、と言って立ちあがった。帰りがけに後ろで、短く息を吸う音がした。そういう癖があることを、わたしは知っている。ずっと前から。もうひとこと言おうとして、何も言えないのだ。
それに気付いて、振り返っていたこともある。この頃はそのままにして、先へ行ってしまう。それでも後で気になって、思い返す。もう会えないかもしれない、と思う。
曇り空に、かりんや蜜柑が浮かんでいる。去年から枝に生ったままだ。甘そうだった色は、褪めて薄白い。そのまま勝手に落ちるのかもしれない。
触ってみようかと、一瞬だけ思ってやめた。口元だけ笑った、誰かの顔を思い出した。
日が暮れかかると、電話を取るのが少し
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