蠅車掌/(罧原堤)
事、部屋の中に入ったようだな、と、ハエはブーンと飛びでて、テーブルの上に乗り、少女の目を覗き込んだ。畳張りのうす暗い、質素な部屋。写真立てに少女が幼かった頃の色あせた写真が入れられてある。父親に抱きかかえられて。かたわらに母親がたたずみやさしげに娘にほほえんでいて。彼女はオレを許してくれるだろうか? 柱時計の秒針だけがカチャッ、カチャッとひびいていた。ハエは手をすりあわせたい衝動をじっと我慢していた。なんだか失礼なことのように思えて。
少女はハエを目にすると、すぐにクリスマスケーキをとりだして、ハエの前にさしだし、
「おなかすいてるでしょう。こんなに寒くてたいへんねあなた。今、ストーブつけたとこだからもう少しで暖かくなるからね」
ハエがおじょうさん、ボクのほしいのはそんなケーキなどではないよ、そのシャンパンだよ、とでも言いたげに、シャンパンのビンにとまると、
「あら、こっちのほうがいいのね」
少女はそう言って、シャンペンのコルクを抜きはじめた。
ハッピークリスマス。
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