くちなしの/木屋 亞万
 
歌を聴くならヘッドフォンを買うべきだ、今すぐにでも。
耳を覆うタイプがいい
それを装着したなら
あの歌をかけて
目を閉じて夢想するといい

(ノスタルジックなギターの音色に合わせて
女の声が聞こえるだろう)

彼女は小さな密室で一生懸命にマイクに歌いかけている
唇が触れるか触れないか
口紅が付着するほどに接近したマイクの黒い膜、の
そのすぐ向こう側には
ヘッドフォンの膜に触れるこの耳がある
彼女のマイクはわたしの耳であり、あなたの耳だ
ふと目を開いて横を向けばそこに彼女がいるかのような
声の近さ

はっきりと言葉を形取ろうとする艶やかな
赤い唇

声を響か
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