高野山物語/済谷川蛍
 
な」 
 少し部屋がさびしくなった。 
 アパートに帰ってドアを開けると、部屋の中から春の匂いがした。小さなモンシロチョウがダッフルコートにとまっていた。 
 コンビニで買ったものをベッドに広げ、好きなものを食べるように言った。僕は自分用のたらみのブドウゼリーを食べた。爺さんはおたべを食べた。野菜サラダを食べると季節の齟齬に気付く。部屋の季節は春なのに、コンビニで買った野菜が旬の味ではないからだ。 
 夜、爺さんは言った。 
 「窓を開けなさい」 
 「なぜ?」 
 「春を消す」 
 静かな夜をモンシロチョウが飛んでいた。 
 「チョウチョはどうなるの」 
 「消える」 
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