不知火の海/楽恵
 

漁火にしてはあまりに怪しげだと気がついた

気がつくと
百近い火の玉が
海面よりずいぶん高い宙を揺らめいていた


(不知火だ)


不知火(しらぬひ)と呼ばれる怪火に違いない
ぼんやりとした意識のままそう思った

暗い海を浮遊する数百の火の玉は
儚く幽玄で美しく
この世のものとはとても思えなかった


(西方の海に向かう霊魂だろうか)


時が経つのも忘れて彼岸の幻影に魅入っていた


それからいつ宿に戻ったのか
記憶が定かではない


翌朝宿を出ると人出があり騒がしかった
近所で亡くなった人がいるということだった


島原半島にはあれ以来行っていない



今でも風のない新月の夜は
真夜中に目が覚める


そういう時はいつも
私の魂もまた
あの晩あの暗い凪の海に置き忘れてきてしまったような気がする


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