いのししを逃がさない男/オノ
曇る。
事情を聞くと、いのししが反抗的な目で彼を
見ているのだという。
いのししが逃げるのはたいてい、そういう目で
見張り師を見た後らしい。
いのしし見張り師はおもむろにいのししに近づくと、
いのししの尻をピシャリと叩いた。
悲鳴をあげ、走り始めるいのしし。
いのししは、図ったかのように柵のない5メートル
のところに向かって走る。
「それ、きた!」
いのしし見張り師の目つきが職人のそれに変わる。
猛スピードでいのししに追いつくと、
柵のない箇所を半身出たくらいのところでいのししを食い止めた。
わずか15秒の顛末。神業である。
「まったく、甲斐のない商売ですよ。
いのししの餌代はばかにならないし、いのししを
逃がさなくても誰も給料は払ってくれないからね。」
煙草をふかしながら見張り師はおどける。
「でも、この伝統は絶やしちゃいけない。
僕がやめたら、いのしし見張り師はこの国から
いなくなっちゃうからね。」
見張り師の目は決然と前を見据えていた。
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