さやけき奏(かなで)/within
虫の音だけが響く長い秋夜のしじまに
基次郎の 「檸檬」 を読んで
僕も明日、彼女の机の上に
そっと檸檬を置いてみようかと
画策する 新しい世界を生むために
だいぶすずしいなったなあ
と昼に弁当を買うコンビニの
おばちゃんに言われ そうですね と
半笑いを浮かべながらレシートを
ポケットにねじこむ
春の死別を
秋には随分受け入れることが
できた 時折
面影を追うことがあっても
暗い穴にも慣れてきた
お盆も彼岸もひどく暑かったが
こごえる冬が来る頃には
赤い毛糸のマフラーが
恋しくなるだろう
一日の終わりを告げる梵鐘の
音が鳴る
今日も帰る家がある
どんなに吹きすさぶ風が強くても
寝床にうずくまり
夢を描ける
齧った檸檬は酸っぱくて
少しだけ苦かった
日が沈むと虫が鳴き始める
秋がとつとつと冬を呼んでいる
風が強くなりはじめた
きっと北からの使いだろう
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