帰ってきた沼でフライロッドを継ぐ/北村 守通
 
自身なのだと考えると、自分自身を消し去るようで、なんだか申し訳ないようにも思われた。ラインをガイドの一つ一つに通していく最中で、過ぎ去りし数々の時間が私の脳裏を駆け巡ろうとしたが、所々でテープが切れ、白紙となっていた。消された時間が戻らないことを認識した私は、あらためて今目の前のことに集中することにして、ベストのポケットの中からフライボックスを取り出した。
 ボイルはないが、水面はざわついている様に思われた。
 波立っている、というわけではないけれども、何かしら粘度が高まっているように感じられて、空気との間に成立している動摩擦係数が増大している様であった。それは何らかの魚たちが活発な活動に突入
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