ルパン三世の背中/角田寿星
いる
ワルサーP38が火をふいて
敵を撃った
「おかあちゃん」ぼくは母に訊く
「あれはいい人?悪い人?」
母は迷ったふうで
「ルパン三世は悪い人」「銭形警部はいい人」
それはマジンガーやウルトラとはまるでちがった展開で
三歳だったぼくはとまどいを隠せなかった
「どうしていい人が負けちゃうの?」
母が何と答えたかは覚えていない
ぼくたち幼い兄弟は他愛ない悪さをくりかえして
母によく怒られたりぶたれたり外に追いだされたりした
しかし「めし抜き」は一回たりとなかった
プチ虐待ともいうべきそんな抑圧の日々を
楽しく生きてきた昭和40年代
ほどなくわが家のテレビはカラーになり
『ルパン三世』は華やかな色でブラウン管に再登場した
たとえば納豆にソースをかけてしまったり
買ってきた小説がちっとも面白くなかったり
午前0時というのに たあくんが全然寝てくれない
そんな時
ぼくは思い出さずにいられない
白黒テレビのくすんだ『ルパン三世』を
軽い絶望に満ちた母の背中を
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