もうひとりのぼくが囁く/殿岡秀秋
気がした
いちどそうおもうと
もう行かないではいられなかった
やはり出ないじゃないか
戻ってぼくは声に出さないで言う
まだ残っているんだよ
というささやきがつづく
その声に抗えないで
ぼくは何度も
行ったり来たりを
繰り返した
叔父は壁を向いたまま
からかうように
また行くのか
とぼくの背中に声をかける
その言葉に応えずに
ぼくは往復した
三十度を超えただろう
寝ていた兄貴が
異変に気づいて
ぼくの名前を呼んだ
ぼくはもう止めにしなくてはならないと思った
最後にしようと思いながら
なおも二、三度往復した
ついに出きれた感じは得られないまま
ぼくは叔父にこちらを向いてもらって
その胸に頭をつけて
目をつむった
もうひとりのぼくは
ようやく黙った
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