私と彼/前澤 薫
み、左右に歯を動かす。恍惚と厳しさを兼ね備えた表情。痛んだ箇所を唾液で充たす。乳首が黒く滲む。
鋭利なナイフに貫かれたような戦慄が走る。彼を凌駕したい。濃密な肌に触れれば触れる程に思いが溢れる。包み、そして剥がす感覚。傷つければ、そこを覆いたくなる感覚。その反復が鼓動となり、激しくなってくる。窪みは泥となり、底は不確かになる。泥濘を踏みしめ、彼に対峙する。
ふと涙が出てくる。驟雨のごとく、不意に。彼と私。烙印を押すように、一つ一つの行為が体の記憶となって、刻みこまれてゆく。
――私は雨がひっきりなしに降っている音を聞く。
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