トカゲ/音阿弥花三郎
 
焼けた石の上を滑らかにすべる水銀。
光ったかと見えてそこにはない。
それは一匹のトカゲ。
生き物である事を頑なに拒否する。

草むらに放られたまま忘れられたナイフ。
発見からまぬがれる殺人事件の凶器。
それは一匹のトカゲ。
自らを人殺しの道具として疑わない。

このきめこまやかな爬虫類が歌う事はない。
歌えないのではない。
信じたものに歌はいらないのだ。

虫の動きを追いながら水銀となり呼吸を止めてナイフとなる。
生物という汚名を受けぬトカゲは金属としての栄光を生きるのだ。
トカゲは腐食しないように日向に現れ日向から去る。

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