アリゾナのマドンナ/結城 森士
 
目の差わずか30センチのところまで歩み寄っていた。
 いくらなんでも近すぎだろう。
 溝口の鼻息が首元にあたるので、
 気持ち6センチほど仰け反って無言の主張をしてみるが無駄なようだ。

 大粒の滴がヒールに落ち、弾けた。
 驚いて顔をあげると、溝口は私を直視したまま涙を流している。
 そして、ゆっくりと、かみ締めるように次の言葉を発した。
「目を覚まして。そして、気づいて…」
 溝口は大粒の涙を流しながら私をそっと抱きしめた。
 すべてがスローモーションのように鮮やかに写った。
「いい加減、気づいてよ…。私の気持ちに…」



 その瞬間、気づいてしまった。
 この女、ただ抱きしめているように見せかけて、
 実は肩の辺りを巧妙に指圧している。
 それも並みの心地よさではない。
 コンマ1秒の速さでツボを把握し、
 実に正確に狙いを定めて突いてくる。
 非常に心地よい。

 ふ、恐るべき女よ、溝口恵子。
 私は今夜彼女の特技欄に
 速読だけではなく高速指圧を追加で記入することを心に誓った。
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