件の話/影山影司
 
るように、件はよろけて
 そのまま何処かへ行ってしまった。


 その日、私は鬱屈した気持ちで街を歩いていた。仕事がうまくいかず、さりとて酒を飲むほどの金も無く、下らない不平を聞き入れる友人など心当たりも無く、さらにいうなれば、そのような甲斐性も無かった。
 十分ほど私はその場にとどまり、彼の居た跡を眺めていた。
 どぶに生きる藻の様な色をした水溜りがそこにある。
 だらだらに溶けたアイスバーを舐める少女のスニーカーが、水溜りをばしゃりと蹴散らした。幼い指の間から染み出る鮮やかで青いだらだらが、かの水溜りを不純に汚した。私は、ふいに全てに興味を無くしてしまった。

 尾をうねらせて、道を滑る。そこらを歩いていた猿のような老婆が握っている巾着袋を抜き取り、そのままするすると通行人の間を縫うて行く。今日は何を食べようか。通行人は誰も私を見ようともしないし、私にだって彼らは障害物以上のものではない。
 いや、もしかしたら、この世界の誰もがそう見ているのかもしれないが。
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