スガイのこと/吉田ぐんじょう
 
い熱い と言いながら
走って行ってしまった
それきり戻ってこない
もっと勉強しなければ とスガイは思った

その三年あまり後
三番目と四番目の妹が毒茸を食べてしまった
スガイは医学書に書いてあるとおり
水をたらふく飲ませて毒を吐かせた
しかしあんまり飲ませたために
二人とも
風船のようにぱちんとはじけてしまった
スガイはとうとう一人ぼっちになってしまった

それから何十年も経ってスガイは死んだ
もう他の町では二十一世紀になって
医学だって発達していたのに
村から出なかったばかりに何も知らずに死んだ
スガイの持っていた医学書は江戸時代のもので
迷信や呪いによる治療法しか書いていなかったのだ

スガイを見つけたのは
二十一世紀の大都会から来た若者だった
若者はぼろの着物をまとって髷を結っているスガイを
人間ではなくて犬だと思った
だからスガイの墓には「犬の墓」と書いてある
最後の生き残りだったスガイが死んだので
村も間もなく消滅してしまった

誰にも知られていない村の
誰も知らない男の話である


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