落ちた後/光冨郁也
曲げる。
見ると、一頭の狼がわたしのコートの肩の部分をくわえている。食らう気はないのか、狼の目が、わたしに起きるようにうながしている。この狼は、月の目をしている。
手を、伸ばす。濡れた狼の頬に触れる。柔らかな毛から水がわたしの指へと伝わり、しずくとなって落ちていく。一瞬、狼の目が光る。狼は鼻をわたしの首筋におしつけ、匂いをかいでいる。手の感触で、狼が痩せているのがわかる。地に手をつくが、起きあがれない。手を伸ばすと、狼が自らの頭で下から支えた。
稲光がして、地上にもたれるわたしと狼を照らした。流水で枯れ枝が流されていく。雨のなか、ふたり息をしている。地から仰ぐ、その雷光が、雷鳴とともに、わたしたちに向けて墜ちた。突き刺す槍に弾かれ、音もなく発火した。
地上には、わたしたちの姿が見える。ひとりの人間と、いっとうの狼と、そしてあたりを包む暗がりと。ふたつの身体から炎だけが、闇のなかに舞う蛾のようにゆらめいている。
戻る 編 削 Point(10)