井戸の神様/寅午
 
ぼくの家の庭には古い井戸がある。むかしは豊かな水が湧き出し、たまには幽霊というオツなものも出たらしいけど、いまではさっぱり。水も出ない。そんな井戸がなぜ残っているのかというと、曾曾おばあちゃんのありがたいお言葉のせい。
 「あの井戸には神様がすんどる。たとへ、使われんとも、埋め戻してはならんぞ。
という言葉を子々孫々守ってきたせいなのさ。でも、そのおかげでぼくたち家族は火災の魔手から逃れられたんだ。
 
冬の寒い夜、ぼくは「 火事だ。」という叫び声で目覚めた。どこかで、バチバチと木の爆ぜる音が聞こえた。火は母屋の隣の牛小屋から出ていた。お父さんは泣き叫ぶ牛を小屋から追い出そうと必死だった。
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