「 犬雨。 」/PULL.
赤い犬は猛烈な勢いでわたしに噛み付き、わたしの中をどこまでも駈け、昇った。
からだの隅々まで犬になり、満たされたわたしは駈けていた。どこまでもずぶ濡れになりながら、激しい犬雨の中をただひたすら犬身的に、駈けて、いた。時折どこかで聴いたことのある、名前で、呼ばれることもあったが、その名前のことは、ようとして思い出せなかった。だからその名前で呼んだものに噛み付き、喰い殺した。犬死にしたものたちの肉は犬雨に打たれ、犬たちの、餌になった。
犬雨はなお激しくなり、街の向こうではいくつもの遠吠えが、こだましている。
了。
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