よしこちゃんのピアノ/縞田みやぎ
妹が家を出て ばあさまも死んで
ピアノの弦は少しずつ黙り
ぐいと押すと 間延びて音がゆれた
これ付きで貸しに出そう
言いだしたのは五十三のとき
ピアノはもっていかない
おもいから もっていかない
よしこちゃんのピアノは うたうけれど
よしこちゃんのピアノは もう うたわないのだ
手入れもじき終わるころ
よしこちゃんは 子どもたちに電話をかける
あんたはあれを弾いたよね
わたし 置いてきてしまったの と
笑いながら話す
下の子も習うのをやめたから
ピアノの弦は少しずつ黙る
いそぐことでもなし
いそぐことでもなし
と
笑いながら
よしこちゃんは ずうっと 旅をしている
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