こんな夜は凶暴になる、/榊 慧
 
。手を伸ばした。指先は熱く、そして震えている。俺は幼い子供のように目をこすり、鼻を啜り上げた。それから息を殺した獣のやり方で、いちいち爪を食い込ませて歩いた。五歩で俺の距離はあっけなく縮まった。汗で張りついたシャツの下から呼吸のたびに上下する胸の動きが見えるほどだ。
俺が手を伸ばした。それはやはり戸惑って中間を静止する。俺は大丈夫だと息だけで言い聞かせてその手を握ってやった。手のひらも甲もすっかり汗で湿っている。手を軽く引いてやるだけで俺のこわばった体は簡単に折れて沈み込んだ。自分で抱きしめても俺の体はずれ落ちる。気が狂いそうだと思った。
全身を弛緩させたままで俺が言った。声だけがやけにぎらつ
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