虹と観覧車(短編)/宮市菜央
 
起きてたの?今の見てなかった?」「いや。何だ」「虹よ。虹が二重に掛かっているの」ふうん、と男は返しただけで、虹を見にベッドから出て来ようとはしなかった。
「ねえ、虹の両端に宝物が埋まっているって小さい頃聞かされなかった?あなた、探しに行ったことはない?」
「ないな」今まで全く気付かなかったが、部屋は男の煙草の匂いで充満していた。

「今、そこから虹の端は見えるのか?」
ライターのカチッと点る音と同時に男が訊いてきた。
「一箇所だけ見えるわ」
「そこには何がある?」
「観覧車。燃えてるみたいに赤いのよ」
 それからわたしは、突き刺さった虹の中で燃えあがる観覧車を眺めていた。部屋は強烈な真夏の日差しでさらに暑さを増し、時々、カチッと男が点すライターの音と、わたしの胸を滑り落ちる汗の筋の感触が時間の経過をわたしに伝えてくる、けれど観覧車の真っ赤な火は、はるか下で陽炎のように揺れて、いつまでも果てしなく燃え続けている…………

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