地獄編/蒸発王
 
友人の
破れた恋のお供に
酒を差し入れてやった

四年だったか
五年だったか
とにかく破局

彼女の
眼の穴
鼻の穴から
流れる

鼻水


気体になった
塩辛さが
私の細胞に少し触れる
其処に含まれるのは
わずかな哀しみと

“恐れ”


忘れていくのが怖いのだ と
自分の中で彼氏が消えていくのが

怖いのだ と

彼女は泣く


酎ハイを注ぎ足しながら

私の狭い
心の一室で

何か化け物に食われる様に
欠けていく
じわじわと死んでいく


『彼』

その有様を想像する


瞼の裏に浮ぶ
グロテスクな光景に
冷や汗をかいて
目を開けると


わずか50センチの距離に
無残に化粧の落ちたの
友人の顔がある



この世はちょっとした
地獄だ




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