最初の海/楢山孝介
そうに
こちらを見ているものだから
溺れた振りでもしてやろうかと
思ったのだけど
おだやかで弱々しい海を
荒立てるのは悪い気がして
僕は沖で浮かびながら
海水を少しずつ蒸発させていく、
明るすぎる太陽に照り付けられていた
僕が動かなくなったのを見て
あいつは驚いたのか
ようやく海に入り
まだ足の立つところから
腕をめちゃくちゃに振り回して
泳ぎだした
思わず笑ってしまったが
いや笑ってる場合じゃないなと
急いで引き返した
*
「今日は生まれて初めて海に行きました。
N君と二人で楽しく泳ぎました」
後日盗み読んだあいつの絵日記には
鮫に追いかけられる僕や
潮を吹く鯨や
立派な帆船の絵とともに
そんな文章が添えられていた
最新の予測によると
あと百年も経たないうちに
全ての海は干上がるだろうと
テレビニュースは告げている
戻る 編 削 Point(2)