殺し屋ボルカ/m.qyi
 
ではあんなにも薄いのだ。その薄いってことが鉄の扉なんだろうか。ぼくの書くことは、ぼくには解らない。ぼくを書いてはいるんだが、ぼくが書いているかどうか、ぼくは実際にぼくが書いているところを見たことはない。


そいうことがあって、古の妄想が脳みそをゆっくり走っていった;


  画家のフランシスベーコンがアントワーペンの街角で飛加藤とすれ違ったそうだ
  (調伏丸だったかもしれない。)

  雪解ける晴天ルーブルに逃げ込んだ次郎吉は


むかしむかし、ゲシュタルト心理学の応用だよって誰かが言っていたな。キュービズムの発展でピカソが焼いた陶器を見たりしていた。お皿の顔とか。そう
[次のページ]
戻る   Point(5)