distance/大覚アキラ
 
「遠くまで来てしまった」

そういう感覚は

地方都市への出張で立ち寄ったコンビニで
訛りの強いレジ係と短いやり取りを交わす瞬間でもなく

海外の小さな空港のロビーで
トランジットの待ち時間をぼんやりと潰しているときでもない

たいていの場合それは
自分の家の狭いバスタブに浸かって今日一日を反芻しているときや
駅までの歩き慣れた道をゆっくりと歩いているときに訪れるのだ

自分のテリトリーといえる手垢まみれの生活圏の中で
かわりばえしない日常を送りながら
ふいに襲いかかってくるこの絶望的なまでの孤立感

帰りたい

はやく帰りたい

そんな得体の知れない焦燥感に苛まれながら
しかし
帰るべき場所などどこにもないことは痛感している

実のところ
時間というものは距離にほかならないのかもしれない
生きているだけでどんどん遠ざかってしまうのだ

だから

「遠くまで来てしまった」

そう呟いて
またゆっくりと歩き始めるよりほかにできることはない
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